カツンカツン…

自分の足音が聞こえる。夜道。

空を見上げると、星々が点在している。

都会の夜でも、空を見上げれば自然の畏敬は点在しているんだ…

そんなことを思い出させてくれる。

今日は、実琉君が学校に来て、狐乃先生慌ててたな~

不意に、先生の照れる顔が浮かんだ。

「むッ!…先生はす~ぐ、ときめくからなぁ…!」

ちょっとヤキモチをやきながら私は家に向かって歩いていた。

先生は送ってくれるっていったけど、私が一番家が近いから断った。
そりゃぁ…本当は先生ともう少し居たかったけど…

3人の中で一番家が遠い舞花が心配だったし、明日になればまた先生にも会えるし。

「でも、部員も5人になったし、後は手柄か~」

そんな独り言を呟いて私は顔を上げた。美しく瞬く星々に魅入られて、立ち止まってしまった。

 “ねえ、あの星と星は目で、あっちが口で……あ、なんか人の顔っぽい!”

“あはは、じゃぁあれ、葉っちゃんの顔ってことで。”

“デカ過ぎ!私、小顔だと思うけど!”

“あ、見て見て、あっちの星は肉まんっぽい!”

“無視してんじゃないわよ!!!”

思い出は色あせることなくいつも私の中にあるのに。

星々を見上げて、語らったあの何でもない時間が今はこんなに大切に感じる。

「……葉っちゃん……ごめ…ん…ね……」

どうして…あのとき…葉っちゃんの気持ちをもっと考えてあげられなかったんだろう…

思わずこみ上げてきた涙を拭った次の瞬間。

『……ふふ…許して欲しいの?…でも無理ね………』

 

「!!!?」

 

凄まじい殺気を感じて私は凍り付いた。ほんの数秒前まで、なんの気配も感じていなかったのに。目の前に闇を纏った“誰か”がこちらを見つめている。

“誰なの…”そう問いたいのに声が出ない。恐怖と不安で頭の中が真っ白になっていた。

『……冒涜には…粛正を……』

 

その声には…死の匂いがした…。

【予兆】

あれから困ったことといえば、実琉が放課後によく門外女子高に来るようになったことだ。しかも、女装で、だ…。まあ、男の子が女子校をウロウロするのも変な話だし、実琉なりに気を遣っているのだろうが……その行為は俺の頭を悩ませた。
何故って……なんせ本当に可愛い。似合っているし、すね毛も髭もない実琉にはミニスカートは犯罪だ。
 桜子の噂では謎の美少女としてもう噂が立っていると言う。

そんなんだから、もしこのままこいつがそういう趣味になってしまったら……と俺は身震いした。それに、万が一、正体がバレたときに変なレッテルを貼られるのは俺だけじゃなく実琉にも及ぶ。俺はそれが不安だった。

『それだけじゃないと思うけど…』
不意に、頭の中に舞花の声が響いた。そういえば…あいつら……

実琉が来るようになってから、やたらに俺に変な話題を振ってくるようになった。

『先生!いくら実琉君が可愛いからって襲ったらギッタンギッタンにしちゃうからね!』

そんなことを大声で叫んだ、桜子の目はマジだった。

『……実琉が嫌じゃないなら…偏見は持たないから…』

桜子の横で、舞花は平然とした表情でそう呟いた。

『いくら狐乃先生に彼女が居ないといっても…さすがに男の子に手を出したりはしないと思いますけど…』

お茶を飲みながら桃子があきれ顔で言う。

俺は、あえて何も言い返さないでいた。こいつら…俺の反応を楽しんでいるだけだ。

我慢だ。我慢。

そんな俺の自重を横目に、あいつらときたら…

『そうかな~先生、優柔不断だからッ!その場の空気で流されそうじゃんッ!!!』

ヲイッ…お前ら…

『まあ…確かに…それは否めませんわね。自分からお行きになることは無くても、相手から来られたら女だろうが男だろうが行くところまで行きかねませんわね。』

俺は確かに優柔不断だが…つまりそれって俺は、誰に襲われても、OK出す人間ってことか?

『先生の性生活には興味ないけど…』

ぷちッ

『あほかぁぁぁぁぁぁぁッ(怒)!!!!!』

俺は、力の限り、怒鳴り返したつもりだったが、3人はケロリとして笑っている。

「あはは。ちゃんと聞いてたんじゃん。先生!」

「私たちを無視しようなんて100万年はやいですわね。」

「先生、顔真っ赤…血圧上昇中……」

「っく!!!!!!!お前らっぁぁぁぁぁ!!!!」

俺は、ハッとした。しまった…またこいつらのテンポに乗ってしまった…。

こいつらは、わざとアブノーマルな話題を振ってきて、俺がどんな対応をするのかを楽しんでいるんだ。なんて悪趣味!

『お前らの期待していることは全くないから心配するな!それより…実琉にあんまり、女装のやり方を伝授しすぎるなよ。あいつこそ、道を踏み外したら大変だ!』
『あはは、そうだね~「お兄ちゃん。彼氏(・・)連れてきたよ~」なんて紹介されたら、先生死んじゃいそうだもんね。』

桜子はケタケタと笑う。

むぃっ

『いッひゃぁぁぁい!!』
俺は、思わず桜子の頬をつねりあげていた。

『肝を冷やすようなことを言うからだ!』

『女の子の顔に!もうッ!お嫁に行けなくなったら、責任取って私をお嫁さんにするんだからねっ!先生が!!!!』

『丁重にお断りする。お前を娶るなんて…死んだ方がましだ。』
「このバカ教師!!!!乙女心を踏みにじった刑に処してやるぅッ!!!!」

バキィイイイッ!!!

ぐはぁ!!!!

『クリーンヒット…』

『狐乃先生、口は災いのもとって言いますでしょう?学習なさって…。』

相変わらず、舞花と桃子は冷静に俺達の漫才を見ているようだ。

俺は、壁にぶつかって意識を失った。

桜子(お前)の何処に乙女としての器量があるんだ………
今流行の、「自称」ってやつか……

ばたり……

(回想終了)

ハッとした。

「やめやめ!回想終わり!あいつらのことを考えると怒りがおさまらん!!!」

俺は両手で、桜子達との回想を振り払った。端から見たら変な人だ。辺りを見回して胸をなで下ろす。廊下には誰も居ない。

もうすぐ生徒達が登校時間だ。今日は、看護当番として下駄箱に立って挨拶をしなければならない。俺は、下駄箱に向かっている途中だった。
歩いていると、保健室が見えた。細井先生はここには居なかった。職員室だろうか…。

俺の恋路ときたら……あれから全く進展は無い…

“食事に誘おう”なんて思って美味しい店をネットで探したり、最近の映画をチェックしたりしているだけ。これって…妄想恋愛っていうか…

ああ…なんか俺…無性に情けない奴じゃないか…。

足取り重く、下駄箱に向かう。開け放たれた玄関の扉から気持ちの良い風が入ってきていた。チャイムが鳴る。生徒達がどっと入ってきた。

『おはようございます。』

『おはよう。宿題やってきたか?』

そんなたわいもない挨拶を交わしてこれから一日がはじまるんだ。

俺は改めて背筋を伸ばした。自分自身にも今日も一日頑張ろう!そう言い聞かせて。

「あら…先生、おはようございます。」

聞き慣れた声に振り返ると、桃子が立っていた。珍しく遅めの登校だ。体調が悪いのだろうか?やや顔色も青く見える。

「おはよう。桃子、どうした?朝から体調不良か…?」

そう言うと、桃子は腕組みをしたまま、小さくこう言った。

「いいえ。それより、桜子…もう登校しましたの?」

その表情は確かに曇っていた。

「…?いや、まだ見てないな。」

「…………」

俺の返答を聞いて、さらに桃子の顔色が青くなった。

「桃子?」

俺は一歩、桃子に歩み寄った。桃子は一瞬、ビクッとして後ろに下がった。

「……すみません。考えすぎですわね。…私…もう行きますわ。」

桃子はそう言うと、スッと俺の横を通り過ぎて行く。

いつもならこんなとき、冷やかしの一つでも言ってやるのだが、今日はできなかった。

桃子の肩が少し…ほんの少しだが震えていることに気がついたからだ。

「…お前。何かあったのか?」

「……」

頑なに背を向けて歩き出す桃子の腕を、思わず握りしめた。

「……!」

握った瞬間、桃子の顔が歪んだ。俺は慌てて手を離す。そのとき、あることに気がついた。桃子のワイシャツにうっすらと透けて見えた包帯の存在が。

「すまん。腕をケガしたのか…。」

桃子は、俺の顔をまじまじと見つめ、言葉を探しているように見えた。

それからにこりと小さく笑った。

「…こんな傷…なんてことありません。私は大丈夫ですわ。ただ…嫌な予感がしただけです…」

「“嫌な予感”?どういう…」

そう言いかけたとき、背後で気配がした。桃子の顔が引きつる。

俺が慌てて後ろを振り返ると、そこには、松葉杖をついた桜子が立っていた。

「おはようございま~す。えへへ、遅刻かな~。」

桜子は照れたような、申し訳なさそうな声で挨拶した。

「桜子!どうした、その足!?」

「あはは…いやぁ昨日の帰りに転んじゃって…」

頭をポリポリと掻きながら桜子はすまなそうにそう言った。

「………」桃子は桜子の表情を見つめたまま黙っている。

「折れてるのか?」

「うんん。打ち身だよ。近場の整形外科に行ったら大げさなんだから!松葉杖なんか貸してくれたよ。」

「そうか…でも、お前…唯一の取り柄なんだから、足は大切にしろよ。」

「なんですってぇぇぇぇ!!!」

桜子が器用にも松葉杖を振り回して攻撃してきた。俺がなんとかその攻撃を避けていると、背後の桃子が声を出した。

「桜子…どこで転んだんですの?」

その質問に桜子の表情が少しだけ曇る。

「え…その、えっと…公園の辺りかな、あそこ暗くて!」

桜子は笑いながらそう言った。

「…桜子?お前、なんか変だぞ。」俺がそう言うと

「え?…なんで…?私は私だよ、うん。元気元気!」

桜子はちょっと顔を引きつらせながらそう言った。

今日は、桃子も桜子も変だ。桃子も、桜子も場所こそ違えどケガをして登校なんて…。

「お前たち…なにか…」

そう切り出したとき、チャイムが鳴り響いた。

「先生!またね。ほら、桃りんも行かないと1限始まっちゃったよ。」

桜子はそう言って笑いながら、廊下を進んでいった。

一人、残された俺は呆然と玄関に立ちつくした。

あいつら…どうしたんだ?昨日は普通だったのに。…昨日の夜…何かあったのか?

そんなことを考えている俺を呼ぶ声が、背後から聞こえた。

「せんせ…」

振り返ると舞花だった。今日は珍しく、トレードマークのツインテールをしていなかった。

「お前……」

俺は、舞花の顔を思わずのぞき込んだ。

「………セクハラ……」

「ば、ばか者ッ!!!俺の心配心を邪な気持ちと一緒にするなッ!!!」

舞花は普通だった。いつものように毒舌で、ぼーとした表情からは何も読み取ることは出来ないが、さっきの二人のように様子が変だと言うことも無かった。だいたい、こいつは遅刻魔なのだ。まったく。大学行く気はあるのか?

「舞花!お前って奴は…もう、HR始まってるぞ!」

「……いつもの…こと。……それより……桜子と桃子は…?」

「…もう登校してる…でも…桜子は、ケガをしているし、桃子は元気がない。お前、理由に心当たりあるか?」

俺がそういうと、舞花は俺の顔をじっと見つめたまま口をつぐんだ。言葉無き不安が伝わってきた。

「…おい…舞花…?」

二人のことを告げた後、さっきまで平然としていた舞花まで様子が変わってしまった。

「何かあったのか?力になるぞ。」

俺は柄にもなく、そんなことを言ってしまった。いつも元気で憎たらしいこいつらがこんなんじゃ、調子が出ない。

舞花はゆっくりと俺の顔を見つめてから、こう言った。

「……先生…もし、これ以上…厄介ごとに関わりたくなかったら…知らない方がいい…。先生にも…危険が…及ぶから……」

そう言った舞花の瞳は、暗く沈んでいた。

「舞花!どういうことだ!?」

思わず声を荒げてしまった。しかし、舞花は無表情のまま黙って俺を通り越していった。

「舞花ッ!!!」

慌てて振り返った俺だったが…舞花の首筋に釘付けになった。一瞬、綺麗な長髪が風で揺れて、その隙間から、首包帯が見えたからだ。

誰もいなくなった玄関で…

今度こそ俺は独り、立ちつくしていた。

…昨晩、彼女たちに何かあったんだ…

俺は確信した。

三人とも身体の一部にケガを負っている。くそッ…あいつらのことをちゃんと送り届けなかったのは俺のミスだ。しかし…舞花は家まで送ったのに…

俺の頭の中をグルグルといろいろな推測や憶測が飛び交う。

いつもおしゃべりな、あいつらが、頑なに口を閉ざすこと……。

『……先生…もし、これ以上…厄介ごとに関わりたくなかったら…知らない方がいい…。
先生にも…危険が…及ぶから……』

 

舞花の言葉が脳裏に蘇る。

そして…それと同時に俺の頭に浮かんだのは…

『霜木 葉椙』

 

桜子達の表情を曇らせるのはあの少女と何らかの関係があるのではないだろうか。
霜木という少女のことを知る必要がある…
直感的にそう思った。

『……先生…もし、これ以上…厄介ごとに関わりたくなかったら…知らない方がいい…。
先生にも…危険が…及ぶから……』
舞花の言葉。
そうだ。あいつらにこれ以上関わったら、この先、何が起きるか分かったもんじゃない。今、ここで素知らぬ振りをすれば、顧問という以上の煩わしさは無い。あのケガを見たって、大抵の教師は、いつものことだくらいに思うだろう。

そうだ…
関わらなければいい…それで全て済む。

わけないじゃないか!!!!
俺はあいつらが…

頭より先に俺は、走り出していた。
                         つづく

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