あれから、俺はげっそりして家に帰った。あまりに彼女達のとっぴな話を聞いたために、腰を抜かして動けなくなっていた。あやうくまた「呪狐姿」になるところだ。
 この姿を彼女達に知られているとはいえ、見世物ではない。我に返った俺は日の沈むのと一緒に家に帰宅したのだ。アパートの小さな車庫に車を入れて人目を気にして外に出ると、階段の下のところに実琉がいた。その表情には明らかに、不安が見えた。
「ごめんな。実琉。ただいま。」
俺は、笑って見せた。
「良かった・・・おかえりなさい・・・。」
今にも泣き出しそうな瞳で実琉は頷いた。
「その格好…料理中だったのか?」
俺の問いに、エプロン姿の実琉は少しだけ表情を緩めた。
「エンジンの音がしたから…お兄ちゃんだと思って…迎えに来た…」
「ありがと。…それにしても、心配かけたな。ほら、部屋に入ろう。」
実琉はもう一度、小さく頷いた。
日ももう完全に沈む。呪いが俺達の身体を蝕む時間がやってくる。俺は実琉の手を引いて部屋に入った。
 夕食はいつもに増して美味かった。これからこうして家に帰って実琉と食事をする回数が減るかもしれない……俺は飯やおかずを噛みしめた。
……あああああ俺の人生に幸あれ!!!
そんな俺を心配そうに実琉が見つめていることを、俺は気付いてはいなかった。
 
次の日。
今日も一日、無難に仕事をこなした。教鞭をとって確認テストをして、回収。生徒の質問に答えたり、明日の教材の準備をしたり…研究室で仕事を終えてから、俺は2階に下りた。2階には職員室がある。腕時計を確認すると、15時前だった。さて…お茶でも飲んで一服しようと思った。
実は、今日は昼に緊急の職員会議が入り、実琉の弁当を食べられなかった。だからお弁当を食べて、少し腹ごしらえをしようと考えていたのだ。
職員室の扉を開けると、部屋の後方から紙の束を抱えた、相良(さがら)さんがやってきた。
その表情には明らかな疲れが見てとれた。どうやら、地域に配る「学校便り」を折る予定が、職員室後方に設置されている折り機が故障してしまって作業ができなかったようだ。俺は、空腹を堪えて声をかけた。
「手伝いますよ。人手は多い方がいいでしょう?」
相良さんは少し驚いた表情を見せてから、すまなそうに頭を掻いて
「じゃあ、お言葉に甘えて。すみません。狐乃先生。」と苦笑いしながらそう言った。
相良 晋一郎(さがらしんいちろう)
彼は、50半ばほどの事務員で、明るく朗らかな方で、掃除が趣味というおじさんだった。

職員室のイスに座り紙の束を折りはじめた俺の頭に、ふっと桜子の顔が浮かんだ。
『先生方の間とか、事務の方とか、いろんなところで狐乃先生も、痴漢の情報集めてね!』
確か、そんなことをがなり立てられた気がする。
まったく…
顧問になるだけじゃなく、情報収集もしろなんて、なんて人使いの荒いガキどもなんだ!
込み上がってくるのは、理不尽さへの怒り。それは、プリントを折る力となった。
「狐乃先生?どうしました?なんだか…顔が怖いですよ。」
「!?」
俺はハッとして顔をあげる。少し驚いたような表情の相良さんが視界に入った。
「あ、ああ…あははは。いや…痴漢が気になって…いや…その…なんて不届きな奴がいたもんだとか…考えていただけで…」
しどろもどろになる俺をよそに、相良さんは俺の呟いた『痴漢』という単語に反応したようで、勝手に納得してくれたみたいだった。そして、こんな話をしてくれた。
「……痴漢ですか?ああ、あれ生徒にまで噂がまわっているんですか?困ったもんだね。別に前からあったんじゃなくてほんとのごく最近なんですよ。まぁ、ざっと思い返しても一ヶ月くらい前くらいからですかね……。」
「そうなんですか。あ、実害とか出ているんですか?」
相良さんは首を振る。
「いいえ。誰かが犯罪的なことに巻き込まれたと言うことはなく、ただ、なんていうんですかね……制服が盗まれたりとか、ですかね。例えば管楽器クラブの鼓笛隊用のミニスカートとか……あ。でもすぐ戻ってきたんですよ。盗られても2・3日後にはまた同じ場所に戻っている。その繰り返しです。」
「変な痴漢ですね。盗む意味ないじゃないですか。なんだか、それって盗むっていうか、…借りるっていう感じにも見えますね。」
俺の言葉にプリントを折り終えた相良さんが笑いながら頷いた。
「ですね。だから学校としても警察には言ったものの警察もあまり請け合ってくれないんですよ。…さてと、ありがとうございました。おかげで作業時間、半分ですみましたよ。」
そう言って、折り終わった全てのプリントを抱えて相良さんが事務室へと戻っていった。さて俺はお茶でも……と思ってきびすを返そうとした時、職員室の後ろから鋭い視線を感じた。
俺が慌ててそっちをみると、半分開いた扉の部分から理科の須賀平(すがだいら)先生がもの凄い形相でこちらを睨んでいるのが見えた。
不幸にも、彼とうっかり、目が合ってしまった。
慌てて俺は、
「あはは……戻られたんですか?須賀平先生。」と声をかけた。
しかし須賀平先生はその言葉には答えずに、そのまま廊下を歩いていってしまった。
この学校に来たときから、彼は俺に対してあまり友好的ではなかった。まあ、ときどき講師と本採用という採用の違いを鼻にかける人もいるから俺も気にかけずにいたが…。
今の形相の意味するところは……?
「なんだったんだ……?」
俺は首を傾げるしかなかった。
と、今度は背後から落ち着いた声が俺を呼んだ。またまたあたふたして振り向く。
するとそこには……
満面の笑みを浮かべたまさに女神が立っていた。そう!女神!俺の心のオアシス!!!
香水の香りが優しく鼻をくすぐり、女神の優しい雰囲気をさらに温かいものにしていた。
女神の名は「細井 歌織」(ほそい かおり)先生。
保健室の先生で、女子高でも彼女の美しさと優しさは人気が高い。だからいつも保健室はにぎわっていて、俺はなかなか、細井先生に近づけないでいた。
この学校に来て、校長室を探していた俺に優しく声を掛けてくれたのが、彼女だった。その後も、学校に慣れない俺に、何かと世話をやいてくれる優しい女性だ。
以来、俺は密かに彼女に想いを寄せている。……まぁ高嶺の花過ぎて、憧れの領域だが・・(涙) 
「狐乃先生。学校には慣れましたか?」
優しく、細目先生が微笑んでいる。俺はデレデレした表情(だったらしい)で
「……はい。だいぶ慣れてきました。」と答えた。
「そうですか。私なんて3年目なのにまだ、新米ですよ。失敗ばかりです。」
俺は手を横に振ってそれを否定する。
「そんなことないですよっ!!先生がいらっしゃるから僕は生きていられるようなもので…」
そこまで言ってハッとした。言うことに事欠いて何を俺は!これでは愛の告白ではないかッ!!
そんな俺の気持ちを知ってか知らないでか…
「面白い方ですね。狐乃先生は。私も、まだまだですが一緒に頑張りましょうね。」
と言って微笑んだ。

あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ

細目先生のこの反応。嫌われてはいない!!?もしかして、こんな俺にもチャンスがッ!!!!
男って単純でしょう。微笑みを向けられただけで、テンションがあがっちまうんだから。
でも、夢を見たいくらい細井先生は、俺にとって女神なんだ。

「はい!!!頑張ります!!!(細井先生とならいくらでも!!!)」
「狐乃先生は、お茶にするところですか?」
「…あはは、実はそうなんです。ちょっとブレイクしようと思って。」
「それなら、保健室に茶菓子がありますから、一緒にどうですか?」
え?…それってデートのお誘いですか!?勝手な解釈をして俺は一人、有頂天になっていた。
鼻息も荒く、
「ぜぜぜ是非!!!」
俺は、軽くステップを踏みながら保健室に向かった。
窓から優しく入る光に眠気を誘われながら、俺は勧められた席に着く。細井先生は、クッキーを並べてくれた。クマの形やウサギの形をしている。どうやら、細井先生の家の近くに美味しい洋菓子屋があってそこのお菓子をおやつに食べるのが彼女の密かな楽しみらしい。そんな密かな楽しみを俺と共有してくれることが嬉しくて、俺は始終鼻の下を伸ばしっぱなしだった。

「そういえば、狐乃先生は“超常現象調査団”の顧問になられたんですね。桜子ちゃんがとっても喜んで報せに来てくれたんです。」
笑顔でそう言う細井先生にうっとりしながらも俺は、正直焦った。“呪狐姿”のことがバレたから脅されてなったんです。なんて言うことは当然できない。
「…いや…成り行きと言いますか…」
俺は苦笑いして頭を掻いた。
「どうであれ、私も嬉しいです。ずっと彼女たちのことが心配だったんです。…彼女たちいつも真剣で、本当は顧問になってあげたかったんですが…私じゃなれないんです…。」
残念そうに細井先生はそう呟いた。
…緊急のこともあるし、保健の先生は何かに属しちゃいけないもんな…
俺はそんなことを考えながら
「危険な部ですから、俺で良かったですよ。俺、頑張りますから。」
そう言うと、細井先生は微笑んで頷いた。
「はい。どうかあの子たちを守ってあげてください。」
その言葉に俺は引っかかりを感じた。…守る?細井先生は、彼女たちの置かれている立場を分かっているのか…
もしかしたら、桜子たちも細井先生を信頼していろんなことを相談しているのかもしれない。
それなら…
俺は気になっていたことを思い切って、細井先生に聞いてみることにした。
「……あの細井先生。霜木 葉椙という生徒を知っていますか?」
3年目の細目先生なら知っているかもしれない。桜子達が言っていた、“葉椙”という女生徒を。
あの時は、さすがにあれ以上、桜子たちには聞けなかったから・・・。
でも気になる。なぜ・・・。あんなに重苦しい雰囲気になる理由が知りたかった。
「………」
細目先生は少し、言葉に詰まっていた。やはり聞いてはいけないことだったか………。
「いや、その、すみません。変なことを聞いて。忘れてください…。」
俺が慌ててそう言うと、細井先生は小さく微笑んでから、話し始めた。
「狐乃先生は、顧問の先生ですからね…。すみません。ちゃんとお話ししますね。」
「……」
細井先生の言葉には明らかに含みがあったが、俺は黙って彼女の話を聞くことにした。
「……他の先生方は霜木さんはちょっと癖がある生徒だなんておっしゃっていましたけれど、私には素直な少女に見えましたよ。明るい子でした。桜子ちゃんたちととても仲良くて、部活もみんなで絶対成立させるって意気込んでいましたから。でも…少し影と言うか……ときどき、一瞬なんですけど、寂しそうな表情をする生徒でもありました…。」
かつての「あの日」を懐かしむように遠くを見つめながら細目先生は話している。
俺も自分の知らない、霜木 葉椙を囲んで騒ぐ桜子達の顔が見えてきたような気がした。
「……でも。あの日…」
細目先生の声がぐっと低く小さくなった。
「あの日……今年の1月ごろ突然、霜木さんの家から転校願いが出されたんです。理由は家の都合でしたが、噂では葉椙ちゃんがいじめにあっているという理由が大きかったようです。それで彼女自信が、学校を変えたいと言い出したと。
荷物も、書類も親戚だという方が取りに来ました。学校側との決別を意味していると叫んでいるのが校長室から聞こえたくらいです………。」
いじめ?桜子達がいるじゃないか……。
その質問を口に出す前に、察した細目先生が答えてくれた。
「ええ。分っています。超常現象調査団のメンバーは彼女を救ってあげられなかったのかと……。
私もそう思いました。彼女には部活を一緒に起こそうと決意した仲間が居たのに…。」
「何かあったんですか?彼女たちに…」
細井先生は悲壮な表情で、小さく頷いた。
「……これは後から分かったことですが、どうやらそのとき、部の中で意見が対立して葉椙ちゃんが孤立状態にあったらしいんです。」
「…対立?」
「はい。他の3人…桜子ちゃんたちと、葉椙さんの部活に対する意見が真っ向から割れてしまったということでした。どういう内容だったのかまではわかりませんが、結果的にそれで部活内でもいずらくなってしまった。もとから個性の強い子でしたから、他の生徒ともうまく連携がとれなかった彼女にとって、心の支えである部でも孤立したことは相当のダメージだったのかもしれません…。」
「それをいじめだと言い、転校を親に相談した。」俺が言葉を紡ぐと、細井先生は悲壮な表情のまま
「……そういう理解をされています。」
「…そんな…何とか乗り越えられなかったんでしょうか…」
「…そうですね。確かに、葉椙さんにも、もう少し打開する方法を考えて、踏みとどまってほしかったと思います。でも……私を含めたまわりの人間が彼女の孤独に踏み込む事が出来なかったのも事実です。…小さな勇気がでなかった。どうしてあげて良いか分らなかったんです。声をかけようとすると怯えるように反抗するか、まわりを拒絶してしまう彼女をもてあましていたんです…。
結果的に葉椙さんと桜子ちゃん達のことも守ってあげられず、どちらも傷つけてしまうことになりました…。彼女たちは未だに葉椙さんのことを心配し、心を痛めていますから。」
生徒会に認められなくても、桜子たちが“超常現象調査団の部員”として葉椙を位置づけていることにはそんな意味合いがあったのか…。
小さなすれ違いが、未だに彼女たちと葉椙を分断している…。

俺は小刻みに震える細目先生の肩に手をおいた。
「分りました。すみません。つらいことを思い出させてしまって…。でも、ありがとうございます。少し、あいつらのこと知ることができました。なんていうか…あいつらああいう性格だから悩みの一つもなく生きてるのかと思っていました。あいつらも、ちゃんと人間だったんですね。」
俺がそう言うと、細井先生は涙目で、微笑んだ。
「狐乃先生ったら…」
「できるなら…桜子達のもつわだかまりをスッキリさせてあげたい。その手伝いができるか…俺、考えてみます。せっかく顧問になりましたからね。」
「優しいんですね・・・。狐乃先生は。」
優しい微笑みに、俺は見とれてしまった。
「どうか彼女達を支えてあげてください。悩んだ時の道しるべになってあげてください。」
俺は心の中で、あの小娘たちが俺の力を必要とするようなたまではないことを知っていた。しかしここは先生に合わせておいた方が好感度が高い。
「ええ。僕で力になれる事があったら支えます。」
拳を握ってそう誓った。この女神の微笑みに。
「ええ。」
もう一度、彼女が微笑む。その微笑に俺は天に召されそうになった。
……が、
ガツンッ!!!
鈍い音がして俺の足に落雷が落ちた。
「いっぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!」声にならなかった。
激痛を追うと、数足の上履きが見えた。
「それなら先生早速、お力を貸してもらえますか?」
顔は笑顔なのに、優しさの欠片も感じられない桜子の言葉。
俺の右足は、そんな桜子に、左足はこれまた不機嫌そうな、舞花に踏まれていた。
「っ!!!!」
「細井先生、ごきげんよう。狐乃先生、少しお借りしていきますわね。」
そう言って、桃子は保健室の扉を閉める。内側からは、
「はい。それじゃぁ、狐乃先生、彼女たちのこと、よろしくお願いしますね~。」
細井先生の優しい声が聞こえた。
しかし、俺ときたら返す言葉も出ないまま、あまりの痛さに口を魚のようにパクパクさせるので精一杯だった。
そして…当然のごとく、彼女達にひっぱられて、保健室から連行されてしまった。
俺に安息の地は無いのか!!?

【屋上】
屋上は今日もいい頃合いに、暖まっている。
俺は痛む足をさすりながら、屋上の手すりに寄りかかっていた。
俺の前には例の3人。じと~と俺を睨んでいる。
「人の恋路をじゃまするな。」
俺がそういうと、桜子が
「なぁにが恋路よ!!!もう!目を離すとすぐに浮気して!!!」
と食って掛かってきた。
「鼻の下伸ばしてかっこ悪い……」
しょうゆ煎餅を口に運びながら、軽蔑したような表情で舞花は言う。
桃子は、バスケットの中からポットを取り出して、手際よく緑茶を注ぎながら
「まぁ、先生も男ですし、お気持ちは分りますが恋にのめりこまれると後が大変ですからね。ほら、恋は盲目と言いますでしょう。ですから、この部が確立したらお好きになさって。」
と冷静にいう。俺は逆に三人をじとーと睨んでいたが、さっきの細井先生の天使の笑顔を思い返して目を光らせた。
「よし!はやく部を成立させて、お前らは部活に俺は恋に燃えようじゃないか!」
「べー!絶対に応援してあげないんだから!」
「なんでそうお前は、食ってかかって来るんだ!素直に応援しろ!!!桜子!!!」
「べー!!!先生のバカッ!!!」
桜子はぬれ煎餅をおもむろに頬張りながらそっぽを向いた。今日の桜子は虫の居所でも悪いのか?俺は首を傾げながら、桃子と舞花に助けを求めたが、二人ときたら俺のセリフを完全に無視しながらティータイムを満喫している始末だ。

負けるもんか!俺の恋は実るさッ!

俺は、そう自分を励ましながら、勢い良く実琉の作ってくれた弁当を広げた。
やっと実琉の弁当にありつける!腹が減っては戦は出来ぬだ!
俺が一口、弁当を頬張ると、強烈な視線を感じた。
ハッとして、顔を上げる。桜子・桃子・舞花が3人は目を丸くして俺のほうを見つめていた。
また俺は何かしでかしたのか………。心なしか俺はドキドキしながら、自然と臨戦態勢に入る。
しかし、よくよく彼女対の興味の対象を追うと、俺にではなく、俺の食べている弁当に向いているようだ。
「……なんだよ。」
俺は弁当を死守するようにそういうと、彼女達は口をそろえて言った。
「狐乃先生、料理できるの(できますの)?」と。
あ、そうか…こいつら俺の弁当の出来があまりにいいから驚いたのか。
そのことに気がついた俺は、鼻を鳴らしてから、
「凄いだろ?この弁当は俺の弟が作ったのさ。うまいぜ!愛情こもってるからな。」
胸を叩く。しかし、相変わらず興味は弁当の方で俺の握った拳は虚しく宙を舞った。
「無視か!!?ったく……。で?それがなんだよ。」
俺が半分を食べ終わるころ、桜子が、呆れながら呟いた。
「ふ~ん。先生。ブラコンなんだ。」

ぶはっ―――――――――!!!!

俺は折角、桃子についでもらった緑茶を吐いてしまった。
「ちょっと汚いじゃないのッ!!!」
俺の口の中のものがかかりそうになった、桃子が俺の頭をはたく。
「今のは不可抗力だろ!だいたい、何、言ってんだ!桜子!変なこと言うなッ!」
俺が必死にそう言うと、舞花が背後から静かに一冊の本を取り出して、俺に手渡してきた。
「?なんだこれ?読めってのか?」
舞花は小さく頷き、お茶をすする。
俺はウインナ―を頬張りながら、ページをめくる。

ぶひっ――――――――――――!!??

2度目の放射。
今度こそ、桃子は俺にバスケットを投げつけてきた。
「何度、吹いたら気が済むんですのッ!汚らしい!!」
桃子の怒りを余所に、ご飯粒が、口の周りについた状態でもお構いなく俺は叫んだ。
「当たり前だ!!!舞花ッ!!!な、な、何だっこれは!!?俺を殺すきか!!?気色悪い!!!」
俺は即座に雑誌を舞花につき返した。
何が描いてあったって?
そりゃぁ思い出すだけでも身の毛がよだつ……
所狭しと、男と男が抱き合っているシーンがあった……ぐはっ……気分が悪く……
とっ!とにかく弁当をかっこんで立ち上がる。
「俺は、もう行くからな!」
と、俺のスーツの裾を握って桜子が言う。
「ね、先生!弟に会わせてよ。だめ?」
「!!?」
俺は舌を出して
「お前らには決して会わせんぞ!!!悪影響を及ぼしかねないからな!!!」
と念を押した。
危ない。絶対に危ない。危険すぎる。実琉を守るのは俺しかいない!俺でももてあましているこいつらに実琉をあわせるなど!!!断じて許さん!!!!この俺が!!!

「ケチ。ふんっだ!」
桜子はまたそっぽを向いた。
「とにかく、弁当箱を洗いに職員室に寄ってから部室に行くから、上手い茶でも用意しておけよ。」
俺がため息混じりにそう言うと、3人はにっこり笑って、
「おまちしていま~す。」
と言った。げんきんな娘達だと、呆れながら歩き出す俺の背中を、桜子の声が追いかけてきた。
「寄り道しないで来てね!!!まっすぐ、私たちの所に来てね!!!」
「ああ、すぐ行く。で、すぐ帰るからなッ!」
背中でそう言って、俺は屋上を後にした。

【幻覚…】
……俺はただただ同じことを思った。
これは夢だと。

あれから弁当箱を洗った俺は、4時きっかりに部室の扉を開けた。そんな俺の目に入ったのは、可愛らしい女の子だった。部屋のイスに座って下を向いていた。
「あれ?可愛い子が増えているじゃないか。なんだ、さっそくどっかから無理矢理連れてきたのか?」
俺がそう言うと、桃子が目を細めてため息をついた。
「人聞きが悪いですわね。私たちがまるで人さらいをしているような言い方に聞こえますわ。」
「はは、それは俺の本音が出たんだ、気にするな桃子よ。」
俺はそんなことを言いながら、初対面の娘に軽く頭を下げた。
が、その娘は頬を真っ赤にしてそっぽを向いてしまった。

???????なんだ?俺…何か悪いこと、したかな?

きょとんとしてる俺に、桜子も、桃子も、舞花(彼女においてはきっとこれが笑顔なんだとおもう)笑顔でいた。
「かわいいでしょ?」
桜子がそう言う。
舞花も
「きっと先生も好きになる・・・。」
と言う。
確かに俺の嫌いなタイプではないし、将来はきっと俺好みのタイプに育ってくれるのでは……いや、断じて怪しい意味ではないし、俺はロリコンじゃない……多分(汗)
と、桃子が茶菓子と例のごとくお茶を注ぎながら
「この方、このクラブの新しい部員さんなんですのよ。」
そう言った。俺は少し驚いた。
「へぇ~物好きな子もいるもんだな。」
言うまでもなく桜子のアタックを食らった。
「ふげ!!!」
目玉が飛び出しそうになりながら必死に耐える。
くそう!なんてバカ力なんだ!
俺は、尻をさすりながら、新入部員の娘に挨拶を試みた。
「……俺はこのクラブの顧問だ。よろしく。」
微笑みかけると、その娘は耳まで真っ赤になり、今にも泣き出しそうな表情になった。
「…さっきから、顔が赤いけど、大丈夫か?まさか…気分でも悪いのか?」
俺は実琉の熱を計るときのように手をのばしておでこに触れた。
「!!!」娘はビクンと身体を一瞬、震わせる。
「…………」
俺もそうだ。震えではなく…ある直感が働いた。それは電流のように俺の身体を巡った。
ああ…熱があるのは俺の方だ。そう思った。
思いたかった。

「おまえ………」

俺の声にならない声が、完全に結末を話す前に耐え切れなくなったのか、先に切り出したのはその娘だった。

「ごめんなさい!!!ごめんなさい!!!ボク……ボク……」

俺は、半べそをかいて目の前に立つその娘の言葉をはっきりとこの耳で聞いた。聞いてしまった。
そして俺は………気絶した。

そんなことあるはずはない……………

だって……

あああああ神よ!!!俺の弟が女の子になってしまいました………。   ………ばたり…

【真実】
俺が目を開けたのはまだ日が沈む、一時間前だった。部室のソファーの上に寝かされていた。
腹には誰かの上着がかかっていた。
「あはははは。おはよう、なーんだ夢だったのか。」
俺は、ゆっくり身体を起こして頭を振って焦点を合わせる。
「あ、やっと起きた!まったく、世話のやける先生なんだから!!!」
桜子の軽快な声が聞こえる。
「桜子!おまえッ……」
俺は、桜子の声を追ってその先を見た。その瞬間、あれは夢だったと信じていた心が崩れ去った。

「おにいちゃん……。よかった。目覚めて……。」

困った顔をした実琉が確かに椅子に座っていた。実琉は、ここの制服を着て(当然、スカート)、カツラだろうロングヘアになっていた。どう見ても女の子にしか見えない。
俺が気絶している間、どうやら残りの三人に質問攻めにあっていたようだ。
俺はすばやく立ち上がって、実琉の腕を取る。
「帰るぞ!!!」
俺の形相に実琉も部員も沈黙した。
しかし次の瞬間、彼女達は必死に実琉をかばいはじめた。
「やめてよ!!!先生が気絶している間色々聞いたんだけど!彼さ!先生が心配でわざわざ、この学校に通う子の制服を借りたんだよ!!!」
「変な趣味とかじゃないそうですわ!!!」
「暴力反対…」
「…………」
俺の目の前に泣きそうな顔の4人がいた。くそっ!!!腹は煮え繰り返っているのに、俺はどうも涙がダメだ。涙が俺の怒りを冷やしてしまう。冷やして逆に4人への愛情に変わっちまうところがタチガ悪い。俺は舌打ちをして、実琉の腕を離した。
実琉は顔を覆って泣いていた。俺はため息をついて、3人を見る。3人は真剣に俺を見つめる。
別にこいつらが無理に誘って部活に呼ぶとかそういうことはしていない。そのことは表情から読み取れた。
それに、俺が気絶している間に隠蔽工作だってできただろうに、ありのままを晒している所からすると、やはり実琉自身も真剣に考えて俺のためにうごいたのだろう。
俺は実琉の前に片膝をついて、肩に手をおいた。
「ごめんな。乱暴なことして。怒っていないからもう泣かなくていいよ。俺のためにしてくれたんだろ。ありがとう。」
極力優しい声でそう言うと、実琉は小さく頷いた。
「……最近お兄ちゃん。帰りも遅いし、帰ってきても上の空だから……ボク……心配で……。
でもおにいちゃん。何も言ってくれないから……。」
「実琉……お前…」
俺たちは、常に本家に見張られている。どこにも逃げられやしない。だから余計に、実琉は心配しているのだ。もし今回の事が本家と何かしらの関係があったら……と。
俺は黙っていたことを反省した。
「これからはお前にもちゃんと言うから。な?実琉。」
そう言って、頭を撫でると、やっと実琉は顔を上げた。まだくしゃくしゃな表情だったが笑ってる。俺は、心の底から安心した。
「うん。」
俺も微笑み返す。振り向くと、3人も涙を流していた。
「良かった……これで…」
「部員も5人!!!定員を上回ったし、やっぱり天は我らを見捨ててはいない!!!」
「後は手柄だけですわね。」
 
「!!!!????」
こいつら………そんなことで感動していたのか!
「お前らッ!実琉は違う学校だしっていうか、ここは女子校だろ!!!!」
俺は、実琉を死守しながらそう叫んでいた。
「実琉のスカート姿が見放題だよ…」
舞花がボソッとそう言った。

その言葉に、別に、やましい気持ちはない。が、ふっと実琉の制服姿に目がいってしまった。

「・・・・・・・・・・・」

と、後ろから、いやらしい視線が俺の後頭部に刺さる。

「せんせ~い。やっぱり制服もいいなんて思ってるんじゃないでしょうね~むひひ~」
「やっぱり見たいんだ。」
「また、鼻の下伸びてますわよ。」

振り返ると、3人の悪魔がにんまりしている。
た、確かに実琉のこの姿は可愛い! だが、しかし!!!
「俺はノーマルだってんだ!!!!!!!惑わすな!!!!!!」
「あはははは。なに真っ赤になってるの~かっわいい~狐乃先生!」
「桜子――――――――!!!!」

本日。「超常現象調査部」の部員は5人。顧問1人。
部活成立必須条件、残すは、手柄のみ。
生徒会への書類提出まで、2週間前のことだった。
                                     つづく

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