ここは夕日の温かい屋上の一角だ。この時間に屋上から街を見ると、オレンジ色の優しいベールが街を包んでいるように見える。

この学校に勤務になってから、時々、屋上に来ては自分の運命を笑い飛ばしていた。その憩いの場所が、今や地獄の入り口にさえ見えた。

何故かって・・・?

俺は今まさに…脅されているのだ!!!事もあろうにっ!!女子生徒に囲まれて…

あの靴箱の写真…あれをネタに…しかしそれが仕組まれたことだったと今頃気がついても、

後の祭りってやつだ。いい年して本気で焦った。学校をくびになることは悲しいが仕方ない。またどこかで講師を受けさせてもらえるように面接を受けに行ける。でも…本家にこのことがバレたら俺は二度と日の光のもとを歩けなくなる。そのことが何よりも怖かった。

自分の身を守るために、この娘達の口を永遠に開かないようにしてやろうか……なんて恐ろしいことさえ考えられそうになる自分に嫌気がした。

そんなことを考えて蒼白になっている俺に、聞き覚えのある声がこう言った。

「全く。ド鈍ですわね。」

昨日、俺を突然殴った少女の声だ。腕組みをしたその娘は、長い髪をバンドでおさえ広いおでこを覗かせていた。雰囲気がお嬢様風で、気が強そうだった。

その後ろには、ツインテールの大人しそうな女の子が焦点の合わない目をして立っている。この脅しには関心がないとでもいうように。ただ、俺はこの娘も知っていた。

なぜって?

俺の上に倒れてきたのはまさしく彼女だったからだ。俺が不可抗力にも触ってしまったのはあの子の胸だ…。そんなことを考えたとき、一瞬、ツインテールの娘と目があった気がした。呆れているような表情が見て取れた。

「あの写真……よく撮れているでしょう?あれを校長に出したらあんたどうなるか分っ

てるわよね?」セミロングの娘が俺にそう言った。

「………」その言葉に、俺は生唾を飲んだ。

「私達も出す気は無いわ。この意味お分かり?」お嬢様風の娘が次にそう言った。

俺は両手を挙げて降参だというように手を横に振る。

「……で?何をして欲しいわけ?俺にさ?」

俺は最後の理性で、必死に平常心を保とうとする。

「内容を理解していただけたようですわね。」

彼女達は顔を見合わせて頷いた。

「あたしたちの条件はただ一つよ!私たちの部活の顧問になって欲しいの!」

「…はぁ?」俺は拍子抜けして、転けそうになった。

「?なんだって?」唖然とする俺に、セミロングの女の子がハキハキ答える。

「まぁさ。早い話が、うちらの部活、今、生徒会から目つけられてて、部として続けていくには最低でも部員4人以上と、顧問の先生は必須だって言われてるの!…顧問って言っても、なかなかあたしらのいいなりになる・・・コホンっ。個性を分ってくれる先生がいなくてさ。で、先月来たあんたを仲間に引き入れようとしたわけなの。」

「……顧問になるだけでこんな手の込んだことしなくていいじゃないか……」

俺はたまりかねて彼女達をにらみつけた。するとお嬢様風のバンドの女の子がフンと鼻を

鳴らしてこういった。

「あなたが、どういうことになろうとも私達とこの部を放棄しないように手を打ちましたの。今までの先生方は、すぐ約束をおやぶりになるから・・・。」

俺は再び背筋が凍るのを感じた。他の先生はとうに逃げてるのか………ってそんなにやばい部活なのか?俺の表情から察したのか皆、にやりと笑う。もはや俺に逃げ場は無い。

「秘密は厳守だな。破った時は、俺も俺なりに動かせて貰う。」

俺はどすの聞いた声でそう言ったが、誰一人として恐れるものはいない。

そっぽを向いていたツインテールの女の子は、俺に近寄るなり一言

「何日もつかな…この先生……」

という始末。

ああ…実琉のもとに帰りたい!今すぐに!そう願った。
これが、俺とこの奇妙な連中との出会いのはじまりとなった。

「着いたよって……聞いてるの!?ぼけっとして!!!」

ドカッ!

「……!!?」

後ろからまたも突然、攻撃が飛んできた。その痛みで、現実に引き戻される。
物思いに耽っていた俺は、当然ながら逃げる術も無く、そのまま目の前の扉とキスをする羽目になる。俺の唇はいつからこんなに安物になったんだ……。

俺の頭を取っ手代わりに扉を開けた桜子は、中の連中に軽く手を挙げて挨拶をした。部室の中には長テーブルがひとつあり、綺麗にテーブルクロスまでひかれている。その真ん中には花が生けられている。部員は、屋上で俺を脅したあの少女たち3人。

向かって右には長い髪にバンダナ、今日もおでこが輝くのは、斎藤 桃子。占いが得意らしく、いつも黒い衣装を着ては頼んでもいないのに不幸を占うという。

その隣には、ぼぉっとした表情のツインテールの少女が紅茶をすすっていた。彼女は輝 舞花(てる まいが)という。彼女はものを浮かせたり透視をしたりと所謂、超能力を使い手らしい。(うさんくさい……)

で、俺を取っ手代わりにしたのが先程も名前をあげた本井 桜子。彼女はこの部の部長に、

して人間以外のものと話が出来る力をもつというのだ。(うわっうそくさー!)

俺は、眼鏡をかけなおして席に着いた。

「で?今日の会議はどうでしたの?」

桃子が新しいカップに紅茶を注ぎながら桜子に聞く。

桜子はクッキーを頬張りながら首を振った。

「顧問はもう狐乃先生ってことで登録して貰っちゃった。」

「笑顔で言うな…」俺は嬉しそうに答える桜子を横目で見つつため息をついた。

肩を落としつつ、彼女達の顔を見回した。

「なぁ部員はどうするんだ?まだ3人だろ?これじゃぁ生徒会が提示している条件に満たないぞ。」

顧問と部員4人。それが生徒会が提示した条件だったはずだ。

桜子はにっこりして、

「もういるもの。今ここにはいないだけよ。」と言った。

「…?休んでるだけなのか?」釈然としない表情の俺に、桃子が紅茶をすすりながら説明してくれた。

「私達、この部を設立して、もう2年目ですの。」

つまり入学してからすぐ作ったってことだろう。もちろんその2年間、全く認められてはいなかったが。

「そのときから4人いましたのよ。ただ、あの子は・・・霜木 葉椙(そうき はすぎ)は

家の事情で、転校してしまいましたわ。」

その言葉に一瞬、部室内が暗くなった。

器の中の紅茶を見つめながら舞花が呟く。

「葉椙は……超常現象調査団の部員だもん。ずっと一緒って約束したから……。」

「……悪かったな変なこと聞いて。…いいんじゃないか。離れていても部員は部員だし。お前達がそこまで思ってるんなら相手もそう思ってるさ。ずっとこの部員だってさ。」

「……先生。」

ばしぃ!俺の肩に桜子の平手が炸裂した。

「えへへ。私さ……顧問の先生が、狐乃先生で良かったかもって思ってきた。」

桜子のセリフは俺には届かなかった。俺ははたかれた勢いで壁に激突して気絶して

いたから……。

「とにかくっ!部員は4人・顧問の先生も居る!でも…あとは何か手柄だってさ。」

「…手柄?」舞花が首を傾げる。

「そう…この学校に必要である部だと証明しろと言うことですわね…」桃子が厳しい顔で言う。桜子は頷いてから

「大丈夫!絶対に認めさせてみせるから!ね!狐乃先生!」

ガッツポーズをしながら、ぼりぼりと3枚目のクッキーを頬張る。

手柄ねぇ……俺は頬ずえをついて考えてみた。

「この部活ってさ……ようはどんな部活なんだな…」

俺の問いに珍しく舞花が答える。

「ここは……はみ出しものの憩いの場……。常識から外れたと判断された者は集まる場所。」

小さいがはっきりと舞花は答えた。呪いを受けている俺は、心のどこかがチクリと痛むのを感じた。舞花が切ない表情を一瞬だが見せたから………。

令嬢桃子が続ける。

「具体的には自由を求めた部活ですわね。名前こそ~超常現象調査団~なんて言いますけど、ようは他人と違うことを自覚している私達が、他人にいちいち口うるさく言われないためにこの部活は防御線なんですわよ。部活だからといえば例えば自分の能力(ちから)を研究すると言っても口実になりますもの。・・・」

「……そうか……」

俺は頷いた。内容を理解したわけではないし、彼女達の力を信じているわけでもない。た

だ、俺だって誰かに何もないところで呪いのことを話すことは出来ない。何かの防御線が

欲しいという彼女たちの気持ちは少なからず分かるような気がしたから。

防衛線…俺には未だに手に入っていないけれど………。

人間なんて、力だけじゃない。例えば、同性愛者や女装の趣味なんてのもそうだ。人が決

めた常識という枠から少しでもはみ出すと、そこには危険とか変とかいうレッテルと言う

線を引かれて隔離されてしまう。彼女達のいわんとしていることは、つまりそういうこと

だ。常識と呼ばれるものに翻弄されない、自分だけの線を引くためにこの部を作りたがっ

ているのだ。この世界で生きていくために、自分なりの生き方を探そうとしているのだ。

物思いにふけっている俺の耳に桃子の言葉が聞こえた。

「……力や偏見なんて信じるも信じないも認めるも認めないも……関係ないんですよ。

自分だけが知ってさえいればいいことです。理解していればいいことです。別に特別な人

間でもなく、たまたまそういう力や感情を持っただけなんですから。」

「へぇ~珍しく謙虚なこというじゃん!桃りん!」桜子が茶化すと桃子はそっぽを向いて

クッキーの入ったボールを取り上げた。

「ごめんにゃしゃいっ~!」桜子は半泣きで謝りつつ取り返そうと苦戦している。その光景を見て俺は噴出す。

そうだな……。力や偏見なんて自分の運命を左右するものじゃない。要は自分がその力や偏見をどうするかだ……。俺はまだこいつらを認めたわけでも、信じたわけでもないけれど、それでも心のどこかで、この部が確立してくれたらいいなと思った。

時計を見る。

そろそろ日が沈む。帰るか。

俺が立ち上がろうとすると、桜子が最後のクッキーを頬張って椅子に足をかけた体制でこ

ういった。

「あのさ。情報なんだけど、どうやら出るらしいのよ。毎晩じゃないけどさ。あれが…」俺は立ち上がる力を失ってただ呆然と桜子を見つめた。

でる?

あれ?

何が?

俺は足ががたつくのを感じた……。

だから言ったでしょう?

俺は痛いの怖いの苦しいのは苦手だって……。

人間誰にだって苦手なものはある。

ツインテールを揺らして舞花が頷く。

「…昨日も出たって言っていた。しかもこの地下室…に。」

俺は今度こそ気を失いそうだった。桃子が続ける。

「わたくしの力を信じるなら今週もう一回は出るでしょうね。」

がたっ!!!

俺はおもむろに立ち上がった。三人が俺の急な行動に驚いて視線を向ける。

ここで立ち上がらなかったら今度こそ俺は失神する。

「おばけなんて追ってどうする!!!もっと現実的なものをさがしなさい!!!」

確かに俺の声は上ずってた。三人は数秒の沈黙の後笑い出した。それも盛大に。

「ぶはははははははははははははっ―」目から涙がでるほど。

俺はただただ赤面して棒立ちでいた。

「おばけって……先生!何言っているの!?」

「現実的でないのはどちらですの?」

「はやとちり・・・」

口々にそういう。

「あたしたちは夜、学校に出て悪さする痴漢を退治しようって言ってんの!!!。」

桜子が腹を抱えたまま言い放つ。俺はへなへなとイスに座り込む。

なんだよ……。

痴漢?……頭のどこかで職員会議のときそんな話が出たことを思い出していた。

うっかりあの写真を見たときは俺がその犯人にされるのかと思ったくらいだ。そんなことをしたらきっと実琉はこの世から消えてなくなるな……。そう心配したものだ。

「まてまて!!!そっちの方が危ないだろ!!!何かあったらどうするんだ!」

俺は安心している自分の頬を叩いて反応した。

「そういうことは警察に……」

と言いかけると

「大丈夫ですわ」

「いざとなったら…」

「先生がいるじゃない♪」

三人はにっこり笑って座り込んだ俺を囲む。

「………ッ!!!!!!!!!!!!!!」

声にならない悲鳴が部室から響くのを誰か聞いてくれただろうか。

やっぱりこんな部活無くていい――――――――――!!!(前言撤回!!!)

つづく

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